京都の美味しいお店多目のページです。たまに愛しいニャンコ、好きな音楽や映画のお話も ^・・^v    私が死んだら鳥葬にしてほしい・・・。


by hanna1411
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

「LONG TIME AGO 66年前」~忌野清志郎が遺してくれた想い~

 本当は、この記事は8月6日にアップするつもりでした。
 ですが、島根から帰ってきたばかりで余裕が無く、そのまま時間は流れ、いつのまにやら終戦記念日を迎えてしまいました。大したことは成していないのに、日々はあっと言う間に過ぎてゆきます。情けない話です。

 年々、この感覚が薄れてゆくように感じます。
 だからこそ、やはり、ここに記しておきたいと思います。
 広島や長崎の日は過ぎてしまったれど・・・。

 昔、『宝島』にコラムを連載していました。
 その多くはすでに捨ててしまったのですが、好きだった号は押入れにしまってあります。
 当時、大好きだった忌野清志郎さんが歌っていた060.gifLONG TIME AGO060.gifという楽曲にインスパイアされて書いた原稿です。(表向きは、タイマーズのゼリーさんになっていますが)(笑)
 私の原稿を読んでイラストを描いてくださっているのは、以前、ご紹介した山口マオさんです。
 
 今、読み返してみれば、やはり彼の歌っていたことは的を射ていて、私が書き綴った言葉も間違ってはいなかった、と改めて自負しています。
 
 以下、駄文ですが、御目通しいただければ幸いです053.gif  
f0209683_2173259.jpg

 うだるような暑さの中、今年もまた、広島と長崎の日がやってきます。被爆45周年の夏を前に、先日、京都では「広島・長崎から45年」と題した講演会が開かれました。

 その瞬間、爆心地からわずか750メートルという至近距離にありながら、福屋デパートの陰を走っていた市電には、奇跡的に8名の生存者がおられました。その中のお一人、米沢さんという方のお話を聞かせていただきました。

 立錐の余地の無いたった一両の車両の中にさまざまなドラマがあったそうです。他人に席を譲り、結果的に助かった人。親切な人に席を譲ってもらい、窓の近くに座ったばっかりに、亡くなってしまった人・・・なんとむごい運命でしょう。人間の肉の壁が、幾つかの命をこの世に残したのです。

 ズルリとむけた皮膚が垂れ下がり、顔があるのかないのかわからくなった人。眼球がピンポン玉のように飛び出した人。米沢さんは、私たちが写真の中でしか知らない地獄絵を、その両の目で見てこられたのです。
 
 1945年、アメリカが原子爆弾の開発に成功したとき、この地球上には、たった3発の核兵器があるだけでした。このうち、1発はニューメキシコ州のアラマゴールド実験場で最初の核爆発実験に使われ、残りの2発が広島と長崎に投下されたのです。

 私たちにとって、原子爆弾は社会の教科書に出てくる“おはなし”に過ぎません。しかし、ノーテンキな我々の考えとは裏腹に、核兵器は増え続け、現在、米ソ保有分だけでも、広島に落とされた原子爆弾の百万発分に相当すると言われています。
 テレビを見ている時も、ご飯を食べている時も、眠っている時も・・・私たちは毎日その核兵器と一緒に、この地球上で呼吸しているのです。恐ろしいね、見えない大きな力・・・。

 ちょっと昔、「核の傘」という言葉が流行りました。核兵器があるから平和が保たれているという考え方です。何故なら、核兵器のボタンを押せば全ておしまいだから・・・。
 4年前のチェルノブイリの原発事故が、それを証明しました。放射能は人間が勝手に引いた国境線など軽々と越え、遥か遠い国にまで侵入してゆきます。核兵器を使用し、たとえ戦争に勝ったとしても、生き残ることはできないでしょう。そこには勝者も敗者もないのです。

 はたして「核の傘」は信じるに値するものなのでしょうか?現在の核戦争システムは複雑化しているため、誤った操作やちょっとしたミスによって、核戦争が勃発する可能性があります。
 「××国より核ミサイルが発射された!」
 コンピューター表示スクリーンに流れた信号が部品1個の故障による誤った情報だったとしたら・・・。実際、「あわや核戦争!?」という危機が、今までにも何度となく起こっているそうです。

 知らぬが仏とはまさにこのことですね。私達は、オブラートに包まれた平和の中で、退屈なあくびを繰り返していただけに過ぎません。

 あなたは060.gifLONG TIME AGO060.gifという歌を聴いたことがありますか?私がこの歌を初めて聴いたのは、1988年12月、RCサクセションのLIVEでした。

 LONG TIME AGO 44年前 
 原子爆弾が落ちてきて 何十万人もの人が死んでいったのさ
 
 LONG TIME AGO 44年前 
 8月6日の朝8時15分 何の罪もない人が死んでいったのさ 

 LONG TIME AGO 44年前 
 人間の歴史で初めてのことさ この日本の国に原子爆弾が落ちたのさ 知ってるだろ?
 
 美少女も美男子もたった一発 顔は焼けただれ 髪の毛抜け 
 血を吐きながら死んでいくのさ
 
 LONG TIME AGO44年経った今 まだ苦しんでる人がいるのに 
 どうして原子力がそんなに大事なんだろ?

 LONG TIME AGO 44年前
 原子爆弾が落ちてきたことを
 この国のお偉い人は いったいどう考えてるんだろ?
 
 LONG TIME AGO44年経った今
 原子爆弾と同じようなものが この国に次々と出来てゆく・・・
 
f0209683_2175372.jpg

 この歌は核兵器は勿論のこと、“核の平和利用”と言われるモノに対する疑問符でもあります。“政治”という場では通用しない、けれど人間として当たり前の想いがギュウギュウ詰まっています。胸が痛むほどに・・・。

 「それでも核兵器は必要なのです」
 この世の中に、そう口にする権利を持つ人間がいるとすれば・・・それは天の太陽よりも明るい閃光に、生きながら焼かれた人々。助けを求める肉親をつぶれた家の下から救い出せず、今も尚、地獄を抱いて生き続けている人々だけなのではないでしょうか?

 広島と長崎は、修学旅行の街でも過去の街でもありません。同じ過ちを二度と繰り返さぬよう、世界中の人々に身をもって訴えかけている・・・それはきっと未来の街なのです。 

[PR]
by hanna1411 | 2011-08-15 02:27 | 過去の書き物