京都の美味しいお店多目のページです。たまに愛しいニャンコ、好きな音楽や映画のお話も ^・・^v    私が死んだら鳥葬にしてほしい・・・。


by hanna1411
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カテゴリ:詮無い想い( 17 )

 大好きだったRCサクセションの楽曲に「あきれて物も言えない」っていう歌がある。
 この前から、気分はまさにこんな感じで、自分が感じていることを言葉にするパワーすら失せてしまっている。

 “日本”という国家を牛耳っているお偉がたも、その下で生きている私たちも、ノーテンキにもほどがある。そのうち、この小さな島国は滅亡するんじゃなかろうか・・・。

 東電の清水社長が辞任するそうだ。
 「責任をとって・・・」・・・って、(・・;)・・・???
 なぁ~んにも責任とってないじゃない。

 地震の後に、常套手段の「体調不良」で入院(雲隠れ)してたけど、入院中に1億の家のローンを返済していた・・・っていうのは、満員電車に揺られている際に目に入った週刊誌の吊り広告だ。
 “清水社長は、電車なんか乗らないんだろうなぁ~”(・_・;)(爆)

 20数年前、“反原発運動”が盛んだった頃、反対派の人たちが危惧していた未来予想図が、今回、現実となった。
 それでも尚、「原発は必要だ!」などとうそぶいている人たちって、利権まみれのおじさんたちなんだろうけど、「あなたには子供や孫は居ないの?」と迅いてみたい。
 目先の欲に駆られて、将来のある子供たちにどんな未来を押し付けるのか?
 そりゃあ、あなたがたはあと20年くらいでこの世とオサラバで関係無いかもしれないけど・・・。

 東電は今期、1.2兆円の赤字決済なんだとか・・・。
 原発ほどリスクの大きいものはないのだ。
 そんなこと、最初から知ってたはずだけどぉ?(苦笑)
 オマケに「明日から、原発やめます!」では済まない。
 厄介な代物なのだ。
 そこには、気が遠くなるほどの半減期を要する。

 昔、原稿を書いていた雑誌のコラムにこう書いたことを想い出した。

 『プルトニウムはギリシャ神話の地獄の王、プラトンから名付けられたものです』と。

 ただ残念なことに、悪魔に魂を売った人間も、売らなかった人間も、同じこの“地球”という船に乗り合わせた運命共同体である。

 056.gif追記056.gif
 支離滅裂な文章ですみません。
 そのうち、パワー復活したら、きちんと書きたいと思っています。
 ノーテンキなままではいられないので・・・。

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by hanna1411 | 2011-05-20 12:42 | 詮無い想い

Osama Bin Laden Dead???

 昨夜、「Osama Bin Laden を殺害した」と、オバマ氏が誇らしげに会見し、アメリカ国民が歓喜の声を挙げているシーンを目にする。

 だが、今も根強く、「9.11陰謀説」は残っている。本当にビンラディン氏がテロの首謀者であったのか、怪しいところである。
 
 例え、彼がアメリカ側が言うようにテロの首謀者であったとしても、日本人はひとつの命が殺害された現実に対して、歓喜の雄叫びをあげたりはしないように思う。国民性の違いなのかもしれないが、そういった部分は、アメリカも北朝鮮も大差は無いのかも・・・。

 昨夜のオバマ大統領の会見は、私に、昔、ブッシュ大統領が湾岸戦争で“勝利宣言”をした姿を想い起こさせた。オバマさんって、少しは進んだものの考え方の人なのかと期待してたけど、何にも変わらないのね。“強いアメリカ”を知らしめることができて、大満足といったところか・・・。

 “強いアメリカ”か・・・なんだかひと昔もふた昔も前のお伽話のように感じる。時代錯誤も甚だしい。
 東日本大震災が起こり、世界中の人々が、この小さな島国の復興に力を貸してくれている。
 どこの国が強いとか弱いとか、そんな次元の話はもはや時代遅れ、ナンセンスなのである。

 地球上の資源にも限りがある。
 いい加減、殺し合いの負の世紀にピリオドを打ち、国境を超え、助け合って生存してゆかなけれならない・・・そういう時代が我々の目の前にやってきているのだ。
 なのに、どうしていつも上に立つ権力者は争いを好むのか・・・?
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 「ビンラディン氏の遺体はすでに水葬された」と発表しているが、彼の影武者は大勢いただろうし、なんだか100%信じきれないな、悪いけけど・・・。(苦笑)
 それに、もし本当にビンラディン氏の息の根を止めたとしても、第二、第三のビンラディンは、必ず出てくる。結局、憎しみは憎しみしか生み出さないのだ。
 これ以上、無駄な血が流れることは避けようと努力することが優れた政治家だと思うが、いつまでたっても人間は愚かである。無論、オバマ氏も・・・。

 ただ、実はオバマ氏の方が一枚上手で、今回の仕掛けは、支持率が急降下している彼の作戦なのかもしれないけれど・・・。
 これで確実にオバマ氏の支持率は復活するだろうし、これからまた必ず、報復のテロ行為が発生する。そしてアメリカはまたそれを口実にして、再び「正義の戦争」とやらを仕掛けることだろう。
 
 こうして、軍需産業に従事する人間は、甘い汁を吸うのだ。
 世界中に、戦争が無くなってしまっては困る輩が大勢いるらしい。(苦笑)
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by HANNA1411 | 2011-05-03 11:17 | 詮無い想い
 キャンディースのスーちゃんが亡くなり、松山ケンイチと小雪(さん)の結婚のニュースが舞い込んできた日、ワイドショーから、連日、多くの時間を費やしていた被災地のニュースは大幅にカットされていた。

 “視聴者が飽きれば、新しいより刺激的な話題にシフトすればいい”
 マスコミの常套手段である。

 でも、大切なことは忘れて去ってはいけない。
 痛みに慣れてしまってはいけない。
 だから書き続けなければ・・・。

 少し前の「週刊 金曜日」を手にされた方も多いかと思います。
 タイトルは『電力会社に群がった原発文化人の罪』でした。
 その記事のことをご自分のブログで取り上げてらっしゃる方がいらっしゃいました。
 『薔薇、または陽だまりの猫』というブログです。(←リンク先のブログ、読んでみてください)
 以下、上記ブログからの抜粋です。(緑文字部分)

 『東京電力をリーダーとする電気事業連合会(電事連)がいかに巨額のカネを使って世論を買い占めてきたか、そして、その手先となつてノーテンキなタレントや文化人が原発安全神話を鼓吹してきたか。それを糾弾するためはまず二つの事例を紹介する。

 一つはアントニオ猪木の青森県知事選挙応援事件である。
 猪木の秘書だった佐藤久美子の『議員秘書捨身の告白』(講談社)によれば、最初、原発一時凍結派の候補から150万円で来てほしいと頼まれた猪木はその候補の応援に行くつもりだったが、推進派のバックにいた電事連から1億円を提示され、あわてて150万円を返して、そちらに乗り換えたというのである。

 まさに札束で頬を叩くこうしたやり方は、高木仁三郎氏のような筋金入りの反対派にさえ試みられる。

 高木の『市民科学者として生きる』(岩波新書)に、ある原子力情報誌の編集長から、3億円を用意してもらったので、エネルギー政策の研究会を主宰してほしいと誘いがあったと書かれている。
』(~後略~)
 
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 過去の責任を問うだけの糾弾ではない。
 この期に及んでまだ原発を増やそうとしている浅はかな考えの輩が、これ以上、地球上に放射能をばらまかないようにするためなのだ。
 これが地球という母なる大地が、愚かな我々に与えてくれた“最期の警告”だということを、問題意識の薄い日本国民に認識してもらわなければならない。(ハナから、この小さい島国だけの問題ではなかった)
 そして、“最期の警告”を“最期のチャンス”に変えなければならないのだ。
 
 欲に目が眩んで、原発の危険性を知りもしないで「安全、安全~♪」と吹聴してきたポリシーのカケラも無い芸能人の方々、あなたがたもいい大人なのですから、少しは自分の言動に責任を持ち、これからは仕事は選びましょう。(苦笑)

 余談ですが・・・。
 私が、昔、「脱原発・反原発」の立場に居たとき、高木仁三郎氏にも何度かお目にかかったことがある。
 いつも穏やかで、誰にも等しく優しい方だった。そして、そんな穏やかなお人柄の中に、決して揺るぐことのない強い信念を持った方でもあった。
 2000年、大腸癌でこの世を去られる。
 清志郎然り、高木氏然り、生きていてほしい人が早くこの世を去ってしまう・・・。

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by hanna1411 | 2011-04-29 15:39 | 詮無い想い
 福島原発周辺、避難命令が出ている地区に置き去りにされた牛舎の牛たちを、動物愛護団体の方が独自の活動で救助に行ってらっしゃる様子がテレビで流れていました。(詳しくはわかりかねますが、救助と言いましても、多分、とりあえず水やエサを与える、という範囲のことかと思います。避難させるまでは至っていないのでは・・・?と思われます)

 それはそれは、惨たらしい現場でした。
 すでに3分の1の牛たちは死に至り、辛うじて生きていた牛たちも、もう息も絶え絶えで、自力で立ち上がることさえできず、牛舎の中で倒れ、苦しそうに横たわったままもがいていました。
 何か事が起こったとき、そのしわ寄せは、一番弱いものたちの身に降りかかっていきます。

 原発に加担していた人たちも、反原発の立場にあった人たちも、“同じ人間”であることに変わりはありません。私たち自身の罪なのです。
 でも置き去りされている牛も犬も猫も・・・他の生き物たちには、カケラも罪はありません。それなのに、災いを引き起こした人間だけが安全な場所に避難するなんて、あまりに情の薄い話ではありませんか。人間に見捨てられても、まだ、生きながらえている罪の無い命がいっぱいいるのに・・・。007.gif

 『災害時の愛玩動物同伴可能の避難所の確保と増加及び、愛玩動物入居可能の仮設住宅の確保と増加と建設を求める署名』(4月30日消印有効072.gif 

 下記のページで詳細に御目通しくださり、お気持ちのある方は、少しでもいいので行動を起こしてください。口のきけない弱い命のために・・・。

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by hanna1411 | 2011-04-24 10:57 | 詮無い想い
 下の写真は、少し前の新聞記事です。内容は、星野監督が仙台に帰ってきたことを伝えるものでした。テレビでも流れていたので、皆さんもご覧になったかと思います。
 星野監督が、「帰るのが遅くなって申し訳ない」と、バツが悪そうに被災者の人たちに挨拶してらっしゃいました。
 そしてそれを受けて、避難所にいらっしゃる被災者の方が、「感激です!」と、頬を紅潮させながらインタビューに答えてらっしゃいました。
  
 テレビから流れるその光景を見て、私は複雑な気分に陥りました。
 “なんだか、変・・・”

 星野監督は、関西で流れるNUMO(原子力発電環境整備機構)のCMに出演してらっしゃいます。(勿論、震災以降、原発関係の推進CMは流れていませんが・・・)莫大なCM出演料が星野監督の懐に転がり込んでいるはずです。
  
 電力会社の巧みなコマーシャリズムのお蔭で、多くの国民が、あたかも“原発は二酸化炭素を出さずに電気を造り出す魔法の機械“のように思い込まされてきました。しかし、そんなうまい話があるわけはなく、その後には、“核燃料廃棄物“”という、とても恐ろしい物質が残ります。
 核兵器さえも製造できる“核燃料廃棄物”を、『地下300メートルに埋めれば安全』、そう洗脳してきたのがNUMOなのです。

 “そんな幼稚なことを視聴者に信じ込ませようとするCMに出演する無責任な人なのか。(・_・;)”・・・そのCMを見るまで、私は星野監督には少なからず好感を持っていたので、とてもがっかりしたことを覚えています。
 
 「NUMOのCMに出演してらっしゃることは、どう考えてらっしゃるのですか?今回の地震で考えは変わりましたか?」
 そう問いかけたら、星野監督はなんと応えてくださるのでしょうか? 
 
 仙台に戻ってくる時期が遅れたことを詫びるよりも、そんな危険なものを推進するCMに出演し私腹を肥やしていたことを謝罪することの方が重要な気もしますが・・・。 
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by hanna1411 | 2011-04-20 12:51 | 詮無い想い
 日本人は“熱しやすく冷めやすい”とゆわれる。
 “水に流す”という感覚も日本人特有の思考回路らしい。

 喉元過ぎればなんとやら・・・。
 少なくとも、関西に住む人間は何不自由ない日々を送り、1ケ月前のショッキングな被災感も危機感も徐々に薄れつつある・・・というのが紛れもない現実だろう。
 
 だが当事者である被災者の方々は、(私たちの目には触れずとも)必死で今の生活に耐え忍んでいらっしゃる。その上、厄介な原発は、問題山積だ。
 何ひとつ、解決していない。
 
 4月だというのに、今夜、石巻には雪が降っている・・・今、テレビでニュースキャスターがそう伝えている。
 北の地はさぞや寒かろう。
 避難所に住む人々は、眠りにつくために必要な暖がとれているのだろうか?

 怖いのは、私たちが“忘れ去ってゆくこと”だ。
 だから書き続けねば・・・と思う。

 津波は天災だ。
 自然の猛威の前に人間は哀しいほど無力で、被災された方々におかれては、本当にお気の毒だとは思うけれど、せめて遺された方々はどうか前を向いて生きていって頂きたい・・・そう切に願う。「頑張れ!」などとむやみに励ますことは、私にはできそうもない。(励まされることが、逆に重荷になってしまうような精神状態の方も大勢いらっしゃる、ということがわかるから・・・)

 だが、原発被害は人災だ。
 そのことが、うやむやにされてしまわないようにー。
 責任者不在のまま、これ以上、同じことが繰り返されないように声を挙げねば・・・。
 
 少なくとも、それが“大人の責任”と言うものだろう。
 50年後、私は生きてはいないと思うけれど、50年後も生きている子供たちのために、それくらいの責任は負わねばならない・・・そう固く心に誓う。


 072.gif追記072.gif
 お酒の会に関して、たくさんお問い合わせをいただいています。ありがとうございます。
 開催時期に関しましては、もう少し時間をおきたいと思います。
 でも自粛にはなりません。私がお酒の会を開かずとも、会場であるお店は営業しているのですから消費が縮小するわけではありませんしね。
 もしも自分の視界の中に避難所で暮らす方々がいらして、その隣でお酒の会を開くか?と言われたら、私には無理だから・・・なのです。
 “見えないからいいや”っていうのは嫌なので・・・。

 もう少し待っていてくださいね。^-^
 
 
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by hanna1411 | 2011-04-19 23:57 | 詮無い想い

宮城県石巻に赴いた友人

 岡山に住む看護師の仕事をする友人が、看護協会から被災地の応援に行った。
 赴いた先は、内田裕也のような理由とは関係なく(苦笑)、石巻。
 想像に難くないことではあるが、ライフラインの復旧、医療の介入の度合い・・・支援の様子は避難所によってかなり違うそうだ。
 彼女が3泊4日という限られた時間で感じたものは大きいと思う。
 その彼女が書いた日記の中にこんなことが書かれていた。


 『或る被災者の方は、「落ち着いたから家を片づけに帰ってたら、もう受け止めたはずだったけど、(被災の状況を確認して)胸が苦しくなって、片付けもできないまま(避難所に)帰ってきたよ」そんな話をして血圧を測りによってくれた方。
 また別の方は、「家を流されて、それでも命だけ助かって良かったという人もいるけど、命は助かったけど、何も残ってないなら一緒に流されてしまった方が良かったと言ってる人もいるよ」と話してくれたり。~後略~』
 

 最近、応援ソングを集めたような歌番組が多い。
 派手なことをすれば顰蹙を買うし、無難なのだろう。
 昔、大食いや早食いのテレビ番組が氾濫していて、“他にやることは無いの?”と、テレビ制作者の芸の無さに辟易したものだが、この時期に、大食いや早食いの番組を流すテレビ局があったら、それはそれで尊敬するな。(苦笑)

 私自身、昔から音楽(=ROCK)に支えられて前を向いて生きてきた人間だけれど、精神がどん底まで落ちたら、音楽すら聴けなくなるものだけど・・・。

 テレビカメラに向かって、
 「復興に向けて頑張ります!」
 そう言える被災者の人達は、まだ救われる。
 そして、私たちが目にするのは、大抵が、そんな風に前を向いて生きてゆくパワーを今現在、保持している被災者の方々なのである。(浮いたり沈んだり、日々、心は揺れるだろう。今日、前向きな人も明日はどうなっているか誰にもわからない)
 でも、その背後には、その何倍も何十倍も、肉体も精神もギリギリの状態で生きながら得ている多くの命が息を潜めているはずだ。

 若者の多くは、やり直す力を持っているだろう。
 でもお年寄りは、そんな前向きな気持ちを持つことすら困難である、と想像する。
 ご高齢の方々が、生きている内に住み慣れた場所に、再び、戻れる日が来る確率は低い。

 恐ろしいほど、苦難の道が始まった。
 阪神大震災の教訓を生かし、孤独死も注意しなければならない。

 離れていてもいい。
 たった一人でもいい。
 その場限りではなく、ずっとずっと何年も何十年も絶えることなく、誰かの心の支えになれないだろうか・・・?
 無力な人間がおこがましい話だが、本気でそう思う。
 これからその方法を模索してみよう。  
 

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by hanna1411 | 2011-04-10 02:49 | 詮無い想い

「震災をよむ」

 新聞にこんな短歌が紹介されていた。

 《安全と百度言ひしそのあとに 責任という言葉は無きや   むらた青雲》 

 長谷川櫂という方が書いてらっしゃる批評は以下のようなものであった。(緑文字部分のみ)


 「福島原発から出る放射能や放射性物質。政府も東電も「健康に影響はない」という。この言葉はもしもその人や子孫に影響が出た場合、責任はすべて負う、という意味である。何年後、何十年後であれ。そうでなければ国民はやってゆけない」 


 20数年前、私が“反原発”の立場に居たのは、自分達に都合の悪いことは隠そうとする電力会社も、“事故が起こっても、この人たちは対岸の火事状態なんだろうな”、としか思えなかった責任感の薄そうな原子力安全委員会も、そして国策として金にモノ言わせて貧しい地方に危険な原発を押しつけていった国(当時は自民党ですね)も、これっぽちも信じられないと思ったからである。

 “こんな地震大国の狭い島国に、これ以上、原発を増やしていくなんて正気なのか?自然の脅威を甘くみてはいけない。人間はもっと謙虚に生きるべきだ”
 私はずっとそう考えていた。
 
 そして、“何か事が起こった時、彼らは「想定外」そのひと言でかたずけるだろう”
 それも容易く想像できた。
 そして20年後、全くその通りになってしまった。
 彼らはやはり、スルリと身を翻したのだ。

  長谷川氏の言葉に付け加えさせてもらえるならば、“命”はどれだけのお金を積まれても、戻ってはこない。誰にも、責任など、とれっこないのである。
 それならば、責任のとれないような危うい橋を渡らないように導くのが、本来の政治家の進むべき道なのではないのだろうか?
 大切な命まで賭けて、電気のあふれる贅沢な暮らしを望む人間はいないはずだから・・・と書きながら、私は20年前も同じセリフをどこかに書いたことを思い出した。(苦笑)
 
 テレビ画面には、避難命令が出ている福島原発から20キロ圏内の廃墟と化した無人の町を、人間に置き去りにされた飼い犬や牛が彷徨っている姿が映し出されていた。(映っていなかったが、猫だって他の動物だってたくさん、死の淵に置かれているはずだ)
 人間のエゴは刃となって、真っ先に弱いものたちに襲い掛かる。
 あの口のきけない何の罪も無い命たちは、エサを求めて彷徨い歩き、放射能を浴びながら餓死してゆくのか・・・。

 人間ほど、罪深い生き物は居ないだろう。
 私たち人間は、もしかしたら、この地球上で、一番、不要な動物なのかもしれないな・・・。

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by hanna1411 | 2011-04-08 23:44 | 詮無い想い
 震災から5日後のこと・・・。
 私は京都の某所を歩いていました。
 或る食堂の前を通り越して、何気にお隣の雑貨屋さんに入りますと、中は2軒のお店がつながっています。
 連日、テレビから流れ出る震災被害の甚大さに、食欲も失せがちだったのですが、“おうどんくらいやったら食べられるかも・・・”と、そこで遅いお昼ご飯を食べることにしました。

 雑貨屋さんの方にいはった女性が「ご飯は、隣の食堂からこっちに運んできますよ」と親切にゆってくれはりました。
 でも、お手間をかけるのは申し訳ないので、
 「いえ、向こうでいただきますよ」   
 そういいながら、私はお隣の食堂の方に移動したのですが、そこには大きなテレビが据え付けられており、そこからは、一刻一刻酷い状況になっていく福島原発のニュースが流れ出ていました。

 「すみません。やっぱり、あっちで食べてもいいですか?」
 “原発のニュースを観ながらご飯なんか、とても食べられへん・・・”

 そして、私は、こちらの雑貨店でおうどんをいただくことに・・・。
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 たぬきうどんです。
 京都と大阪では、「たぬきうどん」の定義が違います。 
 ほかの地方ではどうなんでしょう???

 「昔、脱原発、っていう立場だったもので、原発のニュースを見るのは辛くて、ニュースを見ながらご飯なんか食べられないんです。すみません・・・」
 わざわざ運んできてもらったことを、お店の方に詫びます。

 すると、その女性はこう話してくれました。
 「私も原発のニュースは胸が痛むんですよ。昔、関電(関西電力)に勤めていて、危ないのは知っていたのに「安全ですよ」ってお客さんにゆってたから・・・」と。

 やっぱり、そうだったんですね。
 20年前、「安全だ!」と言い張る電力会社の人に対して、“この人たちは、あんな危険なものを本気で安全だと思い込まされているのか、それとも危険なことはわかっているのにお金のために目をつむっている確信犯なのか、どちらなんだろう?”
 私はずっと疑問に思っていました。
 
 “やっぱり、危ないと知っていながら推進していたのか・・・”
 20数年前、反・脱原発運動が盛んだった頃、真逆の立場に居た人と、20年の時を経て、こんな形で出会うとは・・・。
 そして、20年後の今、どちらも原発の存在に胸を痛めているとは・・・皮肉なものだと思いながら、私はそのおうどんをいただいたのでした。 
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by hanna1411 | 2011-04-03 01:11 | 詮無い想い

一汁一菜・・・

 2004年の春に綴り始めた私のブログは、いつのまにやら自堕落な飲み食いブログと化しています。(苦笑)以前は、自分の考えていることも少しは書いていたのですが・・・。

 ただ、震災後、(元々、私には分不相応なほどの)ご馳走の写真が並ぶ記事は、被災地にいらっしゃる方々の日々を思うと、なんとなく更新する気力も失せがちでした。

 「経済を元気にしないといけません!なので通常の記事に戻ります!」
 多くのグルメ(という言葉はあまり好きではありませんが)ブロガーの方々は、そう言って日常の記事に戻っていかれました。でも私はなんとなく腑に落ちなかった。合点がいかなかったのです。
 もしも目の前に、満足に食事を摂れない人たちがいたら、どんな人でも、自分だけ美味しいものを食べようとは思わないでしょう。ただ、見えないだけ・・・。
 おにぎり一個を分け合って食べてはる人たちに申し訳ない・・・その想いはそう簡単には拭い切れず、美味しいものを食べに行っても味がわからなかったり、食べた気がしなかったり・・・。

 どこかで折り合いをつけなければ、今までのように美味しいお店の記事を再び書き始めることはできない・・・それは、重々、わかってはいたのですが・・・。

 ずっと考え続けていました。
 世間への言い訳ではなく、自分自身の心を納得させる方法を探していました。。
 そして、私の場合、その答えはとんでもなくシンプルでした。
 人から見ればなんてことはないことなのですが、私はそれで一応、自分の心に平静が保てるような気がしています。

 「美味しいお店で贅沢した翌日は、一汁一菜」。
 そう決めて、実行しています。
 ご飯は食器を使えない被災地の方々と同じように、おにぎりにして・・・。
 その日、食卓に並ぶはずだったメインの食材・・・例えばお魚やお肉・・・それは「買ったつもり”」貯金します。今は莫大な義援金が募られていますが、半年後、その額は激減していることでしょう。そのときに、本当にわずかな金額ではありますが、そのお金を必要としている人たちのために役立てたいと思っています。

 本当にとてもささやかなことです。
 もしかしたら、”単なる自己満足”に過ぎないのかもしれません。
 それでも、私はそういう日々を自分自身が続けていくことによって、これから先もずっとずっと、被災者の方々の暮らしを忘れ去ってゆかないように思うのです。
 
 永い闘いは、始まったばかりなのですから・・・。072.gif

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by HANNA1411 | 2011-03-28 23:15 | 詮無い想い